平成26年3月24日(月)

大震災・原発事故後の福島県下の
医療福祉の現状報告と政府への要請

坪井永保先生

坪井永保先生

医学博士、福島県郡山市・坪井病院理事長



坪井病院の現状

ご存じのように、福島県は東日本大震災で地震による被害だけでなく原発事故にも見舞われました。私の病院がある郡山市は、福島第一原発から約50km離れています。現在、県内各所で除染が行われており、当院は昨年末に除染が行われました。
 郡山市内各所の環境放射線量を測定する「モニタリングポスト」の数値は徐々に低下しております。それでも、首都圏に比べるとまだ高い値が続いています。この線量が長期にわたった場合健康への影響についてはまだ結論は出ていません。
 現在福島県では県民健康調査という事業を行っております。

福島県から医師が逃げ出す理由

原発事故後に私の病院でも数名の医師が離職しました。医師が福島県から逃げ出す理由はというと、「子供が非常に小さいから放射能が心配。」「自分自身の健康状態が心配。」「食物や水の汚染など食生活が不安。」というものが主なものです。これに対して私の方から「心配するな。」とは言えません。安全であるという科学的根拠がないのですから。
 震災前から東北地方に医師を招聘することは困難を極めております。首都圏から医師に来ていただく際に「通いにしますか? それとも郡山にお住みになりますか?」と希望をお尋ねします。福島県郡山市は東京駅から新幹線で1時間10分ほどです。時間だけでいえば首都圏から通勤時間圏内であります。しかし、奥様にしてみれば「やはり首都圏に住んでいたい。住民票は移すつもりはない。」とおっしゃいます。そうなりますと医師であるご主人は奥さんの意見を尊重します。給与についても同様です。「先生ご自身で判断できないんですか?」と申し上げても「やはり妻の意見を聞かないと。」と言われると、もうどうしようもありません。ということで、奥様のご意見というのは非常に大きなウェイトを占めています。

表1.「人口10万人に対する医師数」をご覧ください。震災前年の平成22年にすでに全国41位でありましたが震災後の平成24年には44位に下降しており、医師不足に歯止めがかからない状況です。

表1.「人口10万人に対する医師数」

人口10万人に対する医師数

次に表2.「福島県内の医療圏別医師数」をご覧ください。震災を挟んで福島市のある県北、郡山市のある県中地区での医師数の減少が著しく、相双地区は津波と原発事故の影響で脅威的な減少を見せています。

表2.「福島県内の医療圏別医師数」

福島県内の医療圏別医師数

表3.は「病院で勤務する常勤の医師数の推移」を表しています。一見して、県北地区、県南地区で増加しているかに見えますが、郡山市のある県中地区は減少しております。各病院ともに常勤医は減少の一途をたどっています。県中地区は昨年8月の時点で、依然として28人の減少で震災前に比べて約30人近く医師が不足している状況です。福島県全体では29人の減少です。これは明らかに放射能による健康被害の風評の影響もあります。先ほど申し上げましたように、これを覆す科学的なデータが未だないので、離職し福島県から出て行く医師たちを踏みとどまるように説得する手段がないのです。

表3.「病院で勤務する常勤の医師数の推移」

病院で勤務する常勤の医師数の推移
医師招聘の難しさ

医師不足を解消するために各県に医科大学を設置するという政府の方針の結果、福島県にも福島県立医科大学があります。しかし、必ずしもこの大学が福島県内の医師不足解消に役立っているというわけではありません。他県出身者が県立医大に入学し卒業後地元に戻っていく傾向があります。従って、医大の医局に入局する医師が減少し、当然県内の病院に派遣できる医師もいなくなってしまいます。
 このように、福島県立医科大学の医局には頼れないので、結局は個人的なコネクションに頼らざるを得ません。人脈と情報を駆使して常時、勧誘に出向いております。
 数年前に当院で「医師の招聘に関する報奨金制度」というものをもうけました。坪井病院の職員の友人、知人の医師が坪井病院に勤務したいという希望があり、面接し、晴れて常勤医として勤務した場合、紹介者の職員に対して報奨金を差し上げるというものです。しかし、今現在対象となった事例は残念ながらありません。  現在、日本国内に数社、医師紹介斡旋業者があります。医師の転職の手伝いと称して登録医の希望条件に見合う全国の病院を紹介する業者です。医師がほしい病院側も数万円の登録料を支払って医師を紹介してもらいます。今までも数人このルートで斡旋された医師に面会したことがありますが、給与面などで合意が得られず、良い結果になったことは一度もございません。
 各県に平成23年度より「地域医療支援センター」なるものが設置されるようになりました。初年度に15道府県で福島県もこの中に入っております。しかしこの政策に国は関与しておらず、各自治体の医師不足は自治体ごとに解決してくださいといわゆる丸投げ状態です。国からは予算として平成23年度は5億5000万円、翌24年度は7億3000万円が交付されました。しかし、県自体に医師を確保する能力やノウハウがなければ有名無実であります。

「地域医療基本法」提唱の動きに期待

「地域医療基本法」というのは岩手県の達増知事が提唱しているものです。地域医師不足、医師の偏在化をテーマにしたフォーラムが先日開催されました。3月22日の朝日新聞で一面を使って紹介されていたのでご覧になった方もいらっしゃると思います。田中慶司先生もそこでお話になっておられます。そこに達増知事も参加されていました。
 県レベルの施策よりも、国を挙げてさらに住民の意見も取り入れてしっかりとした医師不足対策をとっていこうというものです。まだ草案の段階のようですが、県、市区町村、地方自治体のレベルではなく、国がイニシアチブをとって動くような施策ができあがるのではないかと期待しております。  私はこれからも常勤医の確保に東奔西走する日々が続きます。ご清聴ありがとうございました。

同じ日にお話いただいた井坂晶先生の講話内容は、こちら

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