世界を知り日本を知る研究会作成要請書第1本目、政府宛提出要請書42本目、平成元年12月提出
知的所有権について問題点とその法制化を推進頂きたき要請

【要請書全文】

要 請 の 趣 旨

 現代は「第三次産業革命」に入った、と言われるように、技術革新がすすみ、それも、半導体の開発、コンピュータの普及、バイオテクノロジーの進歩などに加え、商業行為・サービス業の多様化により、これまでの無体財産権である著作権や特許権・実用新案権・商標権・意匠権とは異なった新しい財産権としての「知的所有権」が生まれてきた。これから二十一世紀を制するのは、この「知的所有権」分野の開発で、どの国が優越するかにかかっている。
 日本は、現在この分野で世界に先駆けているとはいえ、こうした時代の趨勢をよく認識し、時代の要請に後れないよう、早くこの分野の法制化「知的所有権法」の制定を願うものである。  詳細は、次の「要請の理由」を見ていただきたいが、その要点は、

一、電子工学やバイオなどの高度の発達、あるいは商業行為・サービス業の多様化などから、これまでの著作権や工業所有権とは異なった新しい財産権「知的所有権」が生じた。

二、この新しい「知的所有権」は、現在「著作権法」で処理されているが、その性格上「著作権」でカバーするのは無理であることを、論証する。

三、では、次に、新しい「知的所有権」は工業所有権、すなわち、特許権・実用新案権・商標権・意匠権で処理できるかを検討し、これまた、性格上、適当でないことを論証する。

四、そこで、国は他の先進諸国に遅れないためにも、早くこの分野の法制を整備し、まず、各種知的所有権の総則法ともいうべき(仮称)「知的所有権法」を制定するよう進言する。  また、法制が出来た場合、どの省庁に所轄させるかであるが、前記のように、著作権(文化庁所轄)とすることも、工業所有権(通産省所轄)とすることも、妥当でなく、今後、世界は高度の情報化社会に向かう折から、各省庁をまとめる立場にある総理府か総務庁に所轄させるのが妥当だ、と説く。

五、作られるべき「知的所有権法」に何を盛り込むべきかは、専門家会議を開いて検討すべきであるとしつつ、その権利保全期間は、コンピュータプログラムのように日進月歩するものは短期間とし、紛争を生じた場合は、まず専門家による行政機関に裁定させる。また真の発案者の権利保護を考え、互換性の法的措置などを提唱する。

六、また、日本はアメリカに対し、先発明主義をやめ、先願主義を採るよう要請する。


要 請 の 理 由


一、知的所有権の概念・内容と問題の発生原因
 知的所有権(INTELECTUAL PROPERTY)問題は、近年、コンピュータなど高度な電子技術の進歩や商業行為の複雑化などに伴って、国際的・国内的に生じた極めて現代文明的な問題である。
 その概念としては、発展過程の問題であるだけに、まだ確定した権利概念ではないが一応「技術・芸術の分野で人間の知的創作行為によって作られる無形の知的資産」と定義することができる。
 旧来、そうした知的創作行為の権利保護は、不動産・動産などの有体財産権に対し、無体財産権と呼ばれ、特許権、実用新案権、商標権、意匠権のいわゆる「工業所有権」と、ならびに著述やレコード・録音テープなどについては「著作権」によって、保護されてきた。しかし、近年、コンピュータソフトをはじめ、半導体チップのマスクワークやバイオ技術による植物新品種など新技術の開発、あるいは、商業行為の複雑化に伴うキャラクター商品やサービスマーク、さらにはトレード・シークレ ット(企業秘密)などが、時代の発展とともに権利意識を発生させ、保護されるべき権利対象と考えられるようになってきた。

二、新しい知的所有権を、現行のように著作権法で処理することの不当性
知的所有権について、アメリカなどから声があがり、日本もその対応を迫られたとき、わが国では、既存の特許権・実用新案権・商標権・意匠権、ならびに著作権については、それぞれ特許庁(通産省)や文化庁(文部省)に従前どおり認めるとして、新しい前述のコンピュータソフト等々については、保護すべき権利をどこの省庁の管轄にすべきか、が論争の的となったが、当時、国は結局、著作権の範躊に属するとして、文化庁の管轄とした。(昭和六十年の著作権法一部改正──法六十二号)
 しかし、その後、技術が高度化・多様化すればするほど、知的所有権を著作権の範疇に入れることは無理となり、また、特許権など工業所有権に入れることも無理となってきた。
 因みに、著作権法は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し、著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」とし、また、それは「創作的に表現したもの」とされている。(著作権法第一条および二条)

 [1] つまり、著作権は、そうした文化的所産を「創作する」必要があり、もし他人の創作を利用すれば、それは剽窃・盗用となる。ところが、コンピュータソフトなどの新しい知的所有権は全く新しい創作は少なく、多かれ少なかれ他人の発想を土台として組み立てられる性格を持つものが多いので、本質上、著作権になじまない。

 [2] 著作権は、上述のように「文化的所産」を保護するとするが、コンピュータソフトなどの多くは科学技術的・経済的所産であって文化的所産というのはどうも妥当ではない。法律はまず構成用件に該当することが必要であるが、コンピュータソフトなど多分に技術的要素を持つ知的所有権を、著作権とすることは構成要件上無理がある。

 [3] 著作権では、翻訳も保護対象となるが、多くは他人の創作を活用するコンピュータソフト・プログラムにこれを適用するのは不適当であり、またどの程度プログラムを改変した場合を保護するのか、その限界もむずかしい。

 [4] さらに、著作権の保護期間は原則として五十年であるが、著述や音楽などは良いとしても、日進月歩進展するコンピュー夕ソフト・プログラムのようなものを、五十年も保護するのはナンセンスである。
  以上の理由から、コンピュー夕ソフトなど新しい知的所有権を、著作権法へ組み入れたことは、一部に可能なものがあっても、基本的には不適当である。

三、新しい知的所有権を、特許権など工業所有権で処理することも不当である
 次に、コンピュー夕ソフトのような新しい知的所有権を、「工業所有権」すなわち、特許権・実用新案権・商標権・意匠権などで処理することが妥当かの問題であるが、これも妥当ではないと考える。
 因みに、特許法は「発明の保護および利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(特許法第一条)とした上で、「この法律で、『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」としており、また、実用新案法は「物品の形状、構造又は組み合わせに係る考案の保護及び利用を図ることにより、その考案を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(同条第一条)とした上で「この法律で『考案』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう。」(第二条)としている。

 [1] 上記のように、特許法は、発明、すなわち「これまでになかった新しい品物を創意工夫して造り出すこと」を保護しようとするものであるが、コンピュー夕ソフトのような新しい知的所有権は、多かれ少なかれ前考案者の考えを土台にしており、「これまでになかった新しい品物を創意工夫し」たとは言えない。また、それは、実用新案法にいう「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」という定義にもしっくりしない。特にコンピュー夕ソフトのプログラムなどは新しい発明とは言い難い。

 [2] さらに、特許法は「自然法則を利用した技術的思想……」といい、実用新案法も「考案とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう」とするが、コンピュー夕ソフトのようなものは、厳密には「自然法則を利用した」と言えず、それは、極めて「人為的なもの」の積み重ねであるというべきである。

 [3] コンピュー夕プログラムにおける図形などは、工業所有権の中の商標権・意匠権で保護してちょいと考えられる場合もあるが、これら商標権・意匠権は、申請者以外の者が使えないことを基本としているのに対し、コンピュー夕プログラムにおける図形などは、広く他の者が活用することによって意義があるのであるから、これまた商標権・意匠権の法の保護の本質に反するというべきである。

 [4] また、工業所有権の権利の存続期間をみると、特許権が出願公告の日から十五年間、実用新案権が同じく公告の日から十年間、意匠権か設定登録の日から十五年間、商標権が同じく十年間であるが、コンピュー夕ソフト・プログラムのように日進月歩のものには余りに長すぎるというべきである。
 以上の理由から、コンピュー夕ソフトなど新しい知的所有権を、工業所有権へ組み入れることは、一部に可能なものがあっても、基本的には不適当である。

四、知的所有権法を制定し、総理府か総務庁を所轄官庁とすべきである

 [1] 以上に述べたように、コンピュー夕ソフトをはじめとする新しい知的所有権は、著作権としても妥当でなく、工業所有権としても妥当でないのであるから、国は、電子技術の高度化や商業行為の多様化などの時代の変遷に応じ、早急に「知的所有権法」を制定し、世界の趨勢に後れないよう、時代の要請に答えるべきである。

 [2] 冒頭で述べたように、アメリカなどでは、コンピュー夕ソフトはもちろん、半導体チップのマスクワークやバイオ技術による植物新品種など新技術の開発、あるいは、商業行為の複雑化に伴うキャラク夕ー商品やサービスマーク、さらには、トレード・シークレット(企業秘密)などが、次々と保護されるべき知的所有権として認められてきており、またさらに今後、新しい知的所有権が生まれる可能性も大きいのであるから、こうした状況に対応するためにも「知的所有権法」を作るべきである。

 [3] 「知的所有権法」を制定する場合、上記のコンピュー夕ソフトをはじめとする新しい知的所有権とともに、旧来からの著作権法や特許権・実用新案権・商標権・意匠権も包含して、体系的に作り直すことが望ましいが、著作権法は文化庁(文部省)、他の工業所有権法は特許庁(通産省)とこれまでテリトリーが決まっており、行政上これを再編成することがむずかしければ、既存のものはそのままとし、ここはまず、コンピュー夕ソフトをはじめとする上掲の新しい知的所有権の保護だけでも、早く法制化すべきである。

 [4] そして、「知的所有権法」が制定された場合、それを、どこの省庁が管轄するかが問題となるが、これまでの文化庁(文部省)と特許庁(通産省)との争いからしても、これはどちらか一方の所轄することはむずかしいと思われるので、我々は、この問題は、総理府か総務庁に所轄させた方がよいと考える。

 [5] その他、「知的所有権法」を、総理府ないし総務庁に所轄させる理由としては、上述したように、新しい時代の 知的所有権は、旧来の著作権や工業所有権とは法の構成要件か異なっていること。さらには、今後、科学技術の進歩とともに、さらに新しい形の知的所有権の出現も予想されること。さらには、高度の情報化社会へ向かう折から、こうした「知的所有権法」の所轄は、各省庁をまとめる立場にある総理府ないし総務庁が妥当ではないかと考えられること、などかあげられる。

五、制定されるべき「知的所有権法」の内容
 新しい知的所有権法については、例えば、半導体に関して、日米摩擦の激化から、両国は日米先端技術作業部会を設けて検討し合い、その結果、アメリカは「1984年半導体チップ保護法」を、翌年、日本も「半導体集積回路配置に関する法律」を制定した経緯があるが、アメリカから攻め込まれてから法を作るのではなく、日本も新しい技術の時代的要請を先き取りして、半導体などの問題ごとの法律づくりもさることながら、まずは、新しい知的所有権についての総則規定ともいうべき「知的所有権法」を早急に制定することが望ましい。
 その作られるべき「知的所有権法」に何を盛り込むかは新しい知的所有権ごとに各種の技術的な問題があるので、詳細は専門家会議を開いて検討すべきであるが、いま考えられる一般的な問題をいくつか挙げると、

 (1) 上述してきたように、コンピュー夕プログラムなどは、極めて進展が早いので、これらは、既存の著作権や工業所有権のように10年とか15年とか長い期間とすべきではなく、短期間とすべきである。その場合、新しい知的所有権の種類ごと、あるいはその内容の重要性により、保護すべき存続期間が異なると思われるので、法でおおよその定め(○○種のものについては、半年から3年という規定)を置き、あとは申請時に、専門家による行政機関に判断させ、半年にするとか3年にするとか決めて公告するなどの方法が考え得る。

(2) また、コンピュー夕ソフトといっても、コンピュー夕の重要部分を制御する基本ソフト(OS)と市場に流通している応用プログラム、そしてこの両者をつなぐ接点となるアプリケーション・プログラミング・イン夕ーフェース(API)の三者では、それぞれ役割が違うのであるから、三者を分けて検討し、権利の存続期間も異なるべきである。

(3) 次に、コンピュー夕ソフト、その他の新しい知的所有権について、紛争が生じた場合の裁定機関であるが、これらは高度の技術的判断であるので、まず、行政機関による専門裁定機関に判断させ、その上で一般裁判所に出訴する道を開くべきである。

(4) コンピュータソフトについての新しい発想は、十数歳から二十数歳と言われ、企業がそうした才能ある者と契約して権利は会社のものとし、その者の才能を引き出したあと、二十歳後半で退職させるケースか多く、社会問題となっている。この救済のため、将来とも利益の何割かは発案者へ渡すような「真の発案者保護制度」も考える必要がある。

 (5) なお、メーカーの複数化により機種も多様化するので、企業の開発意欲を阻害しない範囲で、ユーザーの便益を考え、その互換性の法的措置も考えるべきである。

六、日本は、アメリカに対し、先発明主義をやめ、先願主義を採るよう要請すべきである。
 旧来の著作権や工業所有権を含む知的所有権について、その権利確保のための手続きに関し、世界の中には、アメリカのような先発明主義を採る国と、ドイツや日本のように先願主義を採る国とがあり、そのために、知的所有権をめぐり、国際的摩擦を生じている。
 アメリカの採る先発明主義は、出願の順序よりも先に発明した事実を尊重しようとするもので、これによると、仮に先に申請して登録しても、その発明物について、その登録前に他の者が発明していることが実証されれば、前に登録した者の権利は覆るという制度で、先に発明したという事実を尊重する点では真実に合致するが、多面、一旦登録され保護されていた者が、権利があとがら覆されるという点では、法的安定性を欠く結果となる。
 これに対し、ドイツや日本などが採る先願主義は、誰が先に発明したかという事実よりも、誰が先に出願したかが重視され、その点では、真に先に発明した者の権利が損なわれることで正義感に反するか、出願の時点で決定できる点て第三者も安心でき法的安定性に優れる。
 こうして、先発明主義と先願主義とは、それぞれに一長一短であるが、近年、科学技術の面での国際交流・取引が盛んになるにつれ、たとえば、日本の企業で、国内特許をとり稼働していると、アメリカの企業から訴えられたり、また国内特許とともに国際特許もとり稼働していると、アメリカ側からそれは前にアメリカ国内で先に発明しているとクレームがつき、莫大な損害賠償を請求されるなどのケースが続発している。
 アメリカの先発明主義は真実の先発明者を保護する点で正義ではあるか、現代の科学文明社会は日進月歩どころか秒進分歩の時代であり、そうした先発明主義は時代にあわず、善意の第三者を害することも多い。その点では、ドイツや日本などの先願主義は迅速な時代の要請にも合い、善意の第三者を害することも少なく、法的安定性が高い。また、世界を見ても先発明主義はアメリカ・カナダなど少数国であり、ドイツや日本などの先願主義が世界の大勢であるので、日本は、知的所有権をめぐる国際的トラブルを避けるためにも、同じ先願主義を採るECとも連携して国際会議を開き、アメリカを説得して、先発明主義をやめ、先願主義を採るよう要請すべきである。

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